グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



Home >  在宅診療の教科書 >  飲み込む力が弱った高齢者に多い、誤嚥性肺炎

飲み込む力が弱った高齢者に多い、誤嚥性肺炎


寝たきりの状態が長くなった人は誤嚥性肺炎を繰り返すことがよくあります。
誤嚥性肺炎とは、食べ物や唾液が誤って気管に入り、そこに含まれていた細菌が肺に到達し、炎症を起こすものです。
嚥下力が落ち、食事や飲み物を飲むときにむせたり、のどに詰まったりすると誤嚥性肺炎を起こしやすくなるほか、睡眠中に唾液が気管に入る、経管栄養のチューブから細菌が肺に入るなどで、誤嚥性肺炎につながることもあります。
誤嚥性肺炎の典型的な症状は、次のようなものです。
  • 発熱
  • 呼吸困難
  • 激しいせき
  • 膿性痰(黄色い痰)
  • 呼吸雑音(ゴロゴロ、ゼイゼイと音がする)
ただし、高齢者では典型的な症状が出ないまま、肺炎が進んでいるケースもあります。元気がない、ぼんやりしている時間が多い、夜間にせきこむ、食事に普段以上に時間がかかる、体重が減ってきたなど、何気ない症状の裏に誤嚥性肺炎が隠れていることもあるので、注意が必要です。

誤嚥性肺炎を予防するには、食物の形状や食事の姿勢に気を付けましょう。水のようなバシャバシャした液体より、とろみがついたもののほうがむせにくいですし、食事の姿勢では首が後ろに反ってあごが上がった状態ではうまく飲み込めません。ベッドでも少し上体を起こし、枕などで頭を支えて飲み込みやすい姿勢を保ちます。

そのほか、口の中の環境が悪く細菌が増えているとき、加齢や低栄養・病気などで免疫力が低下しているときも、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。毎食後に忘れずに口腔ケアをする、栄養不足・睡眠不足にならないよう食事内容や睡眠に気を付けるといったことも、誤嚥性肺炎の予防につながります。

「肺炎を起こしたら入院」という常識の弊害

在宅療養している人では、一般には誤嚥性肺炎が悪化すると入院し、数値が改善したら家に戻る、というケースが多いと思います。
こうした入退院を2回、3回と繰り返し、次第に終末期へと向かっていく例が少なくありません。

こうしたとき、入院先の病院で行うのは「誤嚥性肺炎の治療」のみです。
画像や血液検査のCRPなどの炎症反応の数値を見ながら、抗菌薬を投与し、数値が改善したら「肺炎は治った」という判断になり、退院させられます。
しかし高齢者では、肺炎は治っても、入院によって全身の筋力が落ち、時には認知機能も低下し、全身状態は確実に下がってしまいます。
在宅医である私の印象では、高齢者は入院すると少なくとも2割くらいは元気がなくなって戻ってきます。これでは肺炎が治ったとしても、「患者さんが回復した」とはとてもいえません。

これまでの医師の“常識”では、「検査でCRPが10を超えたら入院しなければならない」という感覚がありますが、高齢期医療では、それ自体が患者さんの意思を無視した医療行為であり、むしろ弊害にもなり得るものです。
特に在宅医療は、患者さんの生活を支えるためのオーダーメイド医療です。そこでは、患者さんの生活を置き去りにすることになる入院が最善という感覚は、見直していかなければなりません。

病気だけでなく生活も診る「在宅入院」という考え方

私たちは、入退院を繰り返すケースでは、あえて入院をさせず、在宅で治療をする対応を行うこともよくあります。
肺炎であれば、病院と同じように抗菌薬を中心に治療するのですが、病院では入院患者の状態を毎日確認しないことなどあり得ません。在宅でも同様に、毎日訪問して入院時と同等の医療を提供しながら、同時に患者さんの全身状態や生活支援にも目を配ります。
こうした医療スタイルを、私たちは「在宅入院」と名付けています。患者さんの病気だけでなく、生活まで診るということは、ある意味“病院以上”の医療です。
高齢者や要介護の人に対して、在宅医療だからこそ、できる医療があることを皆さんに知ってほしいと思います。

フランスでも導入が進む「在宅入院」

先日、フランス医療制度の“在宅入院(HAD)”について、オンラインセミナーを聴講しました。フランスの在宅入院は、病院での入院と同等の高度技術、多職種頻回介入を在宅で行うシステムとのこと。従来の「在宅は慢性期の管理が中心」という概念が「急性期の対応にも」という概念のもとに周産期から終末期までに対象患者が広げられました。

日本の在宅医療のような高齢者を中心にしたものとは異なり、対象者はすべての患者さんであり、なかでも医療依存度の高い方(2時間のケア×4回以上必要な方)が対象となるようです。また薬剤も病院と同等のものがほぼ使用できるそうです。
コロナ労災の対応では、コロナ病棟に入院できない患者さんへステロイドや抗凝固薬を投与するために自宅に伺い、入院や重症化を防ぐ対応や、回復した方の受け入れも積極的に行っていたようです。
フランスのCOVID-19パンデミックは、日本の約10倍であり、医療従事者の負担は計り知れなかったと思いますが、そのなかで先生の「私たちはこのときのためにこの道を選んだのかもしれない」という想いで診療に当たっていたというお言葉を聞いたときは、私も胸が熱くなりました。

引用元

『事例でわかる!家族のための「在宅医療」読本』 著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2021年6月1日
出版社:幻冬舎